あなたとあなたのご家族がお健やかであられますように

2010年10月10日

母の愛

 先日私の叔父(私の父の弟)が他界しましたが、私の祖母(父や叔父の母)は36歳で幼い叔父や叔母を残して他界していました。

 その祖母が他界する少し前に病院に腎臓の病で入院していましたが、叔父が赤痢に罹って絶望視されたのを知って、自ら一時退院して幼い叔父の看病にあたりました。

 祖母の看病の甲斐があって叔父は命を取り留めました。

 父はその時祖母が「自分の命と引き替えにこの子(叔父のこと)の命を助けて下さい。」と祈っていたのを聞いたそうです。

 父はその時中学生の頃だったようですが、母の愛がどんなに強いものか今でもはっきり覚えていると語ります。

 祖母は叔父が命を取り留めたのを見届けて病院に戻りましたが、家族は医師から「(もう助からないから)退院して自宅で養生するように。」と説得されて引き取りました。

 祖母は祈り通りに自宅に戻ってまもなく臨終を迎えたようです。

 叔父や叔母は祖母のことは全く覚えていないようです。祖母の祈りを知っていたのは私の父だけだったようです。

 従って祖母の祈りは叔父の子供達(私の従弟妹達)にも伝えられてはいませんでした。

 最近私が父から聞いて、叔父の葬儀の後、従弟妹達に伝えました。

 私も私の母には大人になるまで何でも話して来たのを思い出します。

 私はどんな時でも母だけは自分の味方だと信じて疑わず、事実母もその通りに期待に応えてくれました。

 母の愛の偉大さを身に染みて感じます。

 そしてそういう母親と思春期を迎える前に死別した、私の家内と私の父親の、共通の事情を持つ二人の気持ちを推し量りますと、家内のお袋さんや祖母(父の母)の気持ちが痛いように伝わって来るのを感じます。

----------以下引用です


 「原理で伝道するのは愛を探す運動である。」(文鮮明師『御旨の道』P436)

 
ラベル:母の愛 文鮮明
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2010年09月28日

家内が従妹に会いに行ってくれました

 今日は家内が従妹に会いに行ってくれました。和食レストランで5時間従妹の話に耳を傾け続けたそうです。

 この従妹は私にとって妹のように大切な存在ですので、家内に感謝しています。

 従妹も満足はしないまでも少しは気が晴れたことだと思います。家内もまた会って話をもっと聴くつもりだと言ってくれます。

 統一教人は接する人の話を聞いて天に繋げようと努力します。その人に神様の愛が注がれますようにと願い祈るからです。

----------以下引用です


 「私はどのような姿、どのような場において神に出会うか。これを常に考えなければならない。」(文鮮明師『御旨の道』P353)

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2010年09月23日

再従弟(はとこ)と会いました

 父の母方の実家で春分の日と秋分の日の年二回親族が集まります。数年前から私も両親を車で送って参加しています。

 その場に行きますと再従弟妹(はとこ)に会えます。特に父の母の弟の長男の長男(再従弟)とは会う度にいろいろ話し込みます。

 私としては初めて親しくなった再従兄弟(はとこ)同士ですから、とても貴重な親族の一人です。

 父の母方の曾祖父まで遡れば血縁です。昨年その再従弟の妹である再従妹に家系図を見せましたら、とても感動してくれました。

 今回、家系図で名前を知っている人達が一堂に会している写真をスキャニングしたファイルをもらいました。

 そして「今日も折角こんなに集まったのだから皆で写そう。」ということで写真を撮りました。

 子孫達が氏族で交流して親しんでいるのをご先祖様方も喜んでおられることだと感じます。

----------以下引用です


 「祖先たちが残していった歴史的な足跡を蕩減し、殉教者、先烈たちが残していった血の足跡に責任をもたねばならない。」(文鮮明師『御旨の道』P167)

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2010年09月11日

鹿児島県指宿市から東京に帰って来ました

開聞岳20100910.jpg

 「薩摩富士」と言われる、鹿児島県薩摩半島の開聞岳です。今回連れて行ってもらい写しました。
 
 昨日、叔父の告別式も終わり、故人となった叔父の火葬の後、義理の叔母の親族の方々から歓待を受けました。

 初めてお会いした方達とも親しくなることができました。

 東京から鹿児島まで次はいつ出て来られるか分かりませんが、また来たい場所になりました。

 直接の血縁ではなく、義理の遠縁ですが、いい人達と縁が持てたと実感します。
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2010年09月09日

鹿児島県指宿市へ

 鹿児島県指宿(いぶすき)市での明日の叔父(父の弟)の告別式に出席する為に、今日は毎月の10日の経費支払いの準備と社員の源泉税と地方税の納入を片付けました。

 九州に行く寝台特急は二年前になくなったので、地上を行って鹿児島県指宿市に昼までに到着するには前の日に東京を出発して途中の博多か大牟田辺りで一泊しなければなりません。

 鹿児島県の桜島を挟んで、右側の大きいのが大隅半島、左側は薩摩半島です。指宿市は薩摩半島の先端の方です。

 比較的近くに開聞岳という富士山型の美しい山があると聞きます。指宿から車で40分程だそうです。

 一生の内この先もう一度鹿児島県指宿市という地に来る機会があるかどうか分かりませんが、こうして叔父のお蔭で縁ができました。

 今回は今日一日仕事で抜けられませんでしたので、明日朝一のANAで羽田から鹿児島空港まで飛ぶことにしました。

 既に10年近く前に他界した義理の叔母、そして昨日他界した叔父の特別解怨を申請して叔父が祝福を受けられるようにと祈ります。

 明日の告別式に「氏族メシヤ」の自覚を持って立ち合い祈ります。

-----------以下引用です

 「思わないところで因縁を結ぶことはできないし、因縁を結ばないところに関係があるはずがない。」(文鮮明師『御旨の道』P354)
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2010年09月08日

叔父が他界しました

 今朝、叔父(父の実弟)が逝去しました。享年76歳。劇的な人生を生きた叔父でした。

 60代後半からは聖書特に旧約聖書に心酔していたようでした。

 晩年は義理の叔母の実家のある鹿児島県指宿市に移り住んで文字通り晴耕雨読の生活だったようです。
 
 私も統一教の本や文鮮明師の書物、最近では師の自叙伝を送りました。

 我が家系の中では鋭い感性を持ち、宗教的心情にも理解ある叔父でした。

 一面、人の意見を聞かない信念のある「頑固者」という印象もありました。

 明日の晩が通夜、明後日の昼が告別式ということになります。

 私の父は84歳で、東京から鹿児島県の最南端近くの指宿への旅は見合わせることにすると本人が決めました。

 それで私が父の名代で告別式に参列することとなりました。

 若い従妹弟達とも久し振りで会えそうです。

----------以下引用です

 「信念を生活を通して実践することが信仰生活である。」(文鮮明師『御旨の道』P415)
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2010年03月21日

はとこ(再従兄弟)と会いました

 数年前から親しく交流しているはとこがいます。父の母方の親族です。私より年下ですから、再従弟ということになります。父親同士が従兄弟です。

 年に二回のお彼岸の中日に父と母と私と三人で訪ねる時に会えます。今日も春分の日で訪ねました。その再従弟の奥さんが姑さんを助けて食事のもてなしをしてくれました。

 再従弟夫婦には子供が生まれませんでした。随分悩んだようです。再従弟自身が45歳です。奥さんの年齢は聞けませんでした。私も再従弟の気持ちが痛いように分かるような気がします。

 祈願書(統一教のお札、護摩木)にも書いています。この再従弟は親子関係も夫婦関係も良いのです。幸せに過ごせるようにと祈ります。

-------------以下引用です

 「常に善なる心と哀れみの心をもちなさい。」(文鮮明師『御旨の道』P31)
 
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2010年03月16日

叔母夫婦が祝福式に参加しました

 今日は車で二時間程の叔母(母の直ぐ下の妹)夫婦の自宅に家内と一緒に行きました。祝福式の映像の入ったDVDのディスクとノートパソコンとスピーカーを持って行って、祝福式に映像で参加してもらう為です。

 叔母の夫である私の義理の叔父が丁度帰宅したところに私達が到着しました。叔母自身は近くの高齢者用のデイサービスに行っていてあと30分程で帰るとのことでした。

 義理の叔父に迎えられて叔母夫婦の自宅に通してもらい、義理の叔父の自慢の写真をいろいろ見せてもらいました。義理の叔父の写真の腕前はプロ並みで数々の受賞に輝いています。

 まもなく叔母が帰宅して4人で写真のことをはじめとして話の花が咲きました。義理の叔父は私達の信仰には賛同的ではなかったのですが、この後の祝福式の映像の音声を一緒に聞いてくれました。

 叔母は夫の写真を持って映像を通して祝福式に感謝して参加しました。義理の叔父も一緒に真の父母であられる文鮮明先生の祝祷を聞いてくれたのは有り難かったです。

 叔母夫婦は私達が車で出発するのを外まで見送りに出てくれました。奇跡を見る思いでした。

 母と母の姉と母の妹と合計三人が祝福式に参加することができました。神様と真の御父母様と絶対善霊となられたご先祖の皆様に感謝申し上げます。

----------以下引用です

 「心情の谷間は、掘れば掘るほど涙であり、また自己はなくなってしまう。」(文鮮明師『御旨の道』P293)
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2010年03月12日

二人の叔父のこと

 母には二人の実の弟がいます。私にとっての二人の叔父です。この二人は雰囲気も性格も全く違います。

 私が子供の頃母の実家(私の自宅から歩いて行ける距離でした。)に遊びに行く度に顔を合わせ言葉を交わしていました。

 その二人の叔父が15年程前に相続のこともあって気まずい関係になり、その後は互いの行き来が全くなくなってしまいました。

 その二人の叔父にとって六人の姉と一人の妹がいますが、二人の仲違いから少なからぬ影響を受けそれぞれ心を痛めています。

 この二人の叔父に影響力のあった、叔父達にとっての姉達も一番上の姉は既に他界し他の姉達も高齢となり往年の元気がなくなり記憶も定かでなくなっています。

 今回の聖酒式で勇気を奮って母の姉妹弟を訪ねましたが、十人兄弟姉妹のうち二人しかいない男兄弟である二人の叔父の絶交状態の深刻さがよく分かりました。

 もっと早く解決する道があったことが今になってよく分かります。この二人の叔父の上の方の三人の姉達が元気なうちでしたら、解決が速かった訳です。

 自分にできることが何であるかをよくよく祈ってみます。二人の叔父が地上に居るうちに和解と和合がなされることを願って祈って努力したいと思います。

--------------以下引用です

 「涙のない人は正統の信仰の道を歩む者ではない。悲しみの涙、申し訳ないという涙、感謝の涙を流さなければならない。これが心情の土台と開発するのである。」(文鮮明師『御旨の道』P413) 
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2010年02月17日

伯母が祝福式に参加できました

 本日、2月17日、旧暦(天暦)1月4日、天宙祝福式に伯母(母の姉83歳)が参加できました。家内と二人で車で送り迎えしました。

 私達夫婦も付き添いで参加しましたが、伯母も拍手をしたり、(億)万歳をしたりと積極的に参加してくれました。感想も「楽しかった。」と喜んでくれました。

-----------以下引用です。

 「現実に重要な信念をもって実践する人が未来の主人公になる。」(文鮮明師『御旨の道』P131)

 
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2010年02月16日

今日も伯母を訪ねました

 一人暮らしの伯母(母の姉)を今日も夫婦で訪ねました。叔母(母の妹)が都合が付かなくなりましたので、伯母一人を明日私達夫婦で迎えに来ることを伝えました。

 明日は天宙祝福式の日です。伯母は参加を楽しみにしてくれています。親族から一人でもそういう人がいてくれるのが感謝なことです。

--------------以下引用です。

 「み言を伝えるとき、真心でもって受けたので、真心でもって与えなさい。私の心情に天の心情を加えて与えなければならない。」(文鮮明師『御旨の道』P248)


  
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2010年02月15日

伯母を再び訪ねました

 伯母(母の姉83歳)を夫婦で再び訪問しました。先回訪ねた時に聖酒を飲んでもらいました。http://sjichiro.info/article/140173348.html

 今日は祝福式への参加を案内し、私が送り迎えをするということで喜んで参加してくれることになりました。

 伯母の幸せの為に自分にできることをして上げたいと思います。霊界のことも知りたいと言っています。力になって上げたいと痛切に思います。

--------------以下引用です。

 「み言を頭だけで知らずに、心で知り、体で感じなさい。」(文鮮明師『御旨の道』P252)
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2010年02月14日

伯母と叔母

 母のすぐ上の姉である伯母(83歳)と母のすぐ下の妹である叔母(78歳)のことです。伯母は夫に先立たれたばかりで一人暮らしです。直ぐ近くに家族は住んでいません。

 叔母は夫と二人暮らしで比較的近くに娘夫婦が住んでいますが、その夫婦を通しての孫はいません。息子夫婦を通しての孫はいますが、住んでいる所は直ぐ近くではありません。

 祖父母・父母・子の三代が同じ生活圏に暮らすというのはそれぞれの世代の幸福と活力を増大してくれると推測できます。

 一人暮らしの伯母の家にこの叔母を泊めてもらって2月17日の天宙祝福式という大切な式典にこの伯母と叔母に出てもらおうと予定しています。

 二人はそれぞれ今回の聖酒式を受けています。姉と妹の何十年振りかの再会でもあります。ここに私の母(81歳)が加わったらどんなに素晴らしいかと思います。

 しかし残念ながら、諸般の事情から母は後日の録画映像視聴にての参加となる見込みです。それでも天の恩恵は計り知れません。

 今日は陰暦の元旦です。大きな節目の時でもあります。我が氏族、親族が神様の摂理に同参して人類の救いに少しでも貢献できますことを願い感謝しています。

------------以下引用です。

 「得たものも失ったものも知らない者には、それ以上の勧告は必要ない。我々の歴史は感謝感激の涙を流すところからなされた。」(文鮮明師『御旨の道』P382)
 
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2010年02月12日

昨日は二人の叔母を訪問しました

 昨日の建国記念日はこの国を愛する気持ちでもう一人の叔母(母の妹)の家と母の末の妹である叔母夫婦の家と二軒を家内と二人で訪問しました。

 母は実に10人兄弟姉妹の4番目で四女です。今回訪問しました叔母は10年前に夫に先立たれていましたが、近くに長女(私の従妹)夫婦が住んでいるので孫もよく来てくれるようです。

 これまでこの叔母とは全く行き来がありませんでした。他界した義理の叔父とのしがらみで私の両親はこの叔母夫婦とは交流が殆どなかったのです。

 私が来ると知ってその従妹が娘二人と上の子の友達の合計3人を連れて自分の実家に遊びに来ました。その従妹も私に負けずに話し好きで思い切り話に花が咲きました。

 その従妹が来訪する前に叔母に聖酒を飲んでもらいました。従妹にも飲んでもらえれば良かったのですが、久し振りで会ったので、叔母だけで今回は精一杯でした。再訪を約束して帰宅の途に着きました。

 一つ別の用事の後、日も暮れてから今度は自宅近くのもう一人の叔母夫婦を訪ねました。私はこの叔母夫婦とは比較的良く交流した時期がありましたが、この義理の叔父とは家内は殆ど初対面でした。

 いろいろ話が弾んだ後、この叔母夫婦にも聖酒をのんでもらいました。「難しいことは抜きにして兎に角飲もう。」と義理の叔父も飲んでくれました。

 母の10人の兄弟姉妹の内1番目、2番目の長女と次女は既に他界していますので、存命の8人の内6人が聖酒式を受けてくれました。

 日頃から交流していればどんなに素晴らしかったかと痛感し悔い改めました。同時に希望も湧いて来ました。これからでも従兄弟姉妹まで含めて交流したいと改めて思いました。

--------------以下引用です。

 「我々は天国に行くためにイエス様を信じるのではなく、地獄の門を解放するためにイエス様を信じなければならない。」(文鮮明師『御旨の道』P230)

 
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2010年02月08日

叔父を訪ねました

 昨日は家内と叔父(母の弟)を訪ねました。事前に電話してありましたので夫妻で迎えてくれました。叔父夫婦と私達夫婦と4人でいろいろと話に花が咲きました。

 叔父夫婦も喜んでくれました。そして聖酒式もしましたが、夫妻とも喜んで聖酒(外的にはワインの一種)を飲んでくれました。

 叔父は十年前にも聖酒を飲んだのでそのことを本人に告げると、叔父は「元気なのはそのお蔭かな。」と笑いながら言い、和やかな雰囲気の中で、「またゆっくりおいで。」と惜しまれてお暇をしました。

 母を含めて母方の4家庭で聖酒式ができました。段階はありますが、この聖酒を飲むことは原罪を清算するという意味があります。全人類が原罪を清算するのも夢ではありません。

----------------以下引用です。

 「死ぬときに後悔と未練を残すかどうかを心配しなさい。」(文鮮明師『御旨の道』P223)
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2010年02月07日

伯母のこと

 先日、私達夫婦で訪問した伯母のことです。http://sjichiro.info/article/140173348.html

 この伯母は先日他界した私の義理の伯父に嫁いで夫の両親と同居してその両親が他界するまでお世話してきました。並大抵の苦労ではなかったようです。

 そのことを知っている人も親族の間でも少なくなって来ました。私の父はその少ない人の中の一人だと思います。

 その伯母が今は寂しい一人暮らしです。二人の息子と一人の娘がいて(私にとってはいとこですが)、孫も十人近くいると思います。日本の老齢者の生活の一つの姿です。

 伯母の家族は安全の為に施設入りを願い、伯母自身はリスクを承知で自由を願うという状況のようです。伯母の一人暮らしが抱えているリスクの程度が問題だと思います。

 伯母が納得できる結論が出るの切に願います。そして伯母のこれまでの苦労が天に通じるようにと祈らずにはいられません。

------------以下引用です。

 「相対的な用件が符合されればされるほど幸福なのである。神様も一人では寂しいのである。」(文鮮明師『御旨の道』P236)
posted by ハッピーいちろ at 22:43| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 親族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月05日

家内が叔母を訪ねてくれました

 今日は家内が私の叔母(母の妹)夫婦を訪ねてくれました。叔母は十数年前に大病を患いましたが、生還し今も元気で過ごしています。

 叔母の家で聖酒式を行うことができ、叔母はもちろんのこと叔母の夫である義理の叔父も聖酒を飲んでくれました。聖酒式につきましては日を改めて記事を書かせていただきたいと思います。

 家内が義理の叔父の話も丁寧に聞いてくれたのが有り難かったです。叔母も義理の叔父もかなり喜んでくれたようです。

 母を含めて80歳前後の三人姉妹が聖酒式を受けることができました。有り難いことです。

------------以下引用です。

 「神が願う価値的な存在は、永遠に共に語り、共に生き、共に行動したい人である。」(文鮮明師『御旨の道』P281)
posted by ハッピーいちろ at 23:46| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 親族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月03日

夫婦で伯母を訪ねました

 夫婦で今晩7時半頃、私の83歳の伯母(母の姉)を訪ねました。昨年末の12月21日の記事の夫に先立たれた伯母のことです。http://sjichiro.info/article/136234242.html

 伯母は二階建ての広い家に一人で暮らしています。今日の昼前に電話して今晩訪ねる約束をしてありましたので、訪ねると喜んで迎えてくれました。「寂しいから夫婦で二階の空いている部屋に泊まっていってくれると助かる。」と何度も言ってくれました。

 夜も一人はさすがに寂しいと同情せざるを得ません。三人の子供達(私の従兄弟妹達)も時々は訪ねてくれるのだと思いますが、特に末の娘さん(私の従妹)は心配して何かに付け駆け付けてくれているようです。

 この伯母は私の母の直ぐ上の姉で、私にとっても親しい伯母です。今日は私達夫婦でこの伯母の聖酒式を行いました。私が意義を説明し、伯母は喜んで聖酒を飲んでくれました。

 私自身が後一年で還暦というのですから、両親をはじめ伯父・伯母、叔父・叔母が高齢になって来ているのは当然と言えば当然ですが、急がねばならないと改めて痛感します。

-------------以下引用です。

 「我々は悲しい歴史を相続したとしても、後孫の前には、希望の歴史を渡してあげるために努力する私たちとならなければならない。」(文鮮明師『御旨の道』P67)
posted by ハッピーいちろ at 23:50| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 親族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月21日

義理の伯父の霊界への旅立ち

 義理の伯父―私の母の姉のご主人が逝かれ、今晩が通夜でした。伯母と義理の伯父夫婦は数年前に夫婦で聖酒を飲むことができたのですが、私が足らないが故にその後の進展を見ることができませんでした。

 久し振りで親族が集まり、故人を偲びました。享年90歳とのことです。未亡人となった伯母は83歳で、母より2歳年上です。晩年は寝込むことが多かったという故人と記憶が不確かとなった伯母との二人暮らしは故人にとってどんなに心細かったことでしょう。

 浄土真宗大谷派の菩提寺で通夜は営まれましたが、住職の読経の間、聖酒を地上で飲んだということが故人に霊界での道を拓く縁となりますことを切に祈りました。

 親族が一人二人と霊界に旅立って行く時、私のなすべき使命が果たされていないことを痛感します。深く祈り、なすべき使命完遂の自覚を新たにします。

-----------以下引用です。

 「死に対する恐怖が来るのは、この世でやるべきことを果たせなかったためであり、すべて果たせば何の恐怖も来ない。」(文鮮明師『御旨の道』P395)
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2009年08月20日

親族和合への道

 今日は家内が、東京近郊に住む叔母(私の母の妹)と従妹に会いに行ってくれました。久し振りで会って話ができたと二人に喜んでもらえたようです。気兼ねなくざっくばらんに話ができた時人は幸せを感じます。家内が私の叔母と従妹に幸せな時間を作ってくれたことを私もありがたく思います。
posted by ハッピーいちろ at 20:05| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 親族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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