あなたとあなたのご家族がお健やかであられますように

2010年08月26日

グスタフ・マーラーの交響曲「大地の歌」



 先日熱中症になりかかって2日間(8.11〜12)寝込んでいましたが、その時久し振りでこの曲をヘッドフォンで聴きました。

 この曲(交響曲「大地の歌」)はドイツ語の歌詞(中国の漢詩をドイツ語に意訳したものが元になっています)が歌われています。

 最後は"Ewig"(「えーう゛ぃひ」ドイツ語で「永遠の」という形容詞にも使われますがこの場合は副詞で「永遠に」という意味でしょう)を繰り返して消えるように終わります。

 今回その終わり方にとても感動しまして涙が止まりませんでした。

 グスタフ・マーラー(1860.7.7〜1911.5.18)という指揮者兼作曲家の永遠に変わらない愛を願う心が伝わって来るようでした。

-----------以下引用です

 「気持ちの悪いことがあっても、それ以上に嬉しいことをやれば、すべての気持ちの悪かったことを忘れることができるから救われる。」(文鮮明師『御旨の道』P357)
posted by ハッピーいちろ at 23:11| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月30日

Miss A Thing


 映画「アルマゲドン」の主題歌になった曲です。

 我が家の長男が高校卒業してまもなくロックバンドを高校の友達と始めまして、初ライブでこの曲を取り上げました。長男がヴォーカルを務めそれを録音したのを私の母も笑顔で聴きました。

 その後長男が作詞して友達が作曲したオリジナル曲もできました。それから数年経った最近では専ら自分達で作詞作曲した何曲ものオリジナル曲を練習してライブに備えているようです。

 音楽世界を創作することに喜びを見出しているようです。その感性で神様からの語り掛けもキャッチしてくれることを父母は念願しています。

---------以下引用です

 「神様が対することのできる新鮮で刺激的な味を匂わす心情的な材料を常に提示しなさい。」(文鮮明師『御旨の道』P292)
posted by ハッピーいちろ at 19:43| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月10日

ブルックナーの交響曲第8番と瞑想


 
 もう35年程前のことですが、弟とブルックナーの交響曲第8番ハ短調を聴きに行ったことがありました。80分を越える長大な曲ですが、人気があります。

 第二次世界大戦直後のドイツでもこの曲は盛んに演奏されたそうです。演奏に要する時間が長いのでその間、現実の苦しさを忘れていられるからというのも理由にあったといいます。

 実は弟とこの曲のコンサートに行った時、チケットがもう一枚あったので、私の所属教会の牧会者をお誘いしまして、三人でコンサートで座りました。

 丁度土曜日の夜でしたので、その牧会者に「礼拝の説教の内容が与えられた。」と喜ばれました。ブルックナーの曲は瞑想にぴったりなのです。

 特にこの交響曲第8番ハ短調は長いので深く瞑想できます。私はこの曲を聴くと弟(仕事で離れた所に住んでいますが、元気にしています。)のことを思い出します。

----------以下引用です

 「自身の環境に勝つ者になってこそ神が共にいてくださる。」(文鮮明師『御旨の道』P401)
posted by ハッピーいちろ at 23:44| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月09日

ブルックナーの交響曲第4番「ロマンティック」



 先日投稿しましたヨーゼフ・アントン・ブルックナー(1824〜1896)の最も親しまれ人気のある交響曲第4番変ホ長調「ロマンティック」です。

 冒頭のホルンのゆったりとした響きが清々しい森の夜明けを思わせます。モイモイさんがこの曲で神体験をなさったとコメントして下さいました

 ブルックナーは作曲の目的を「神の栄光を讃えるため」と明確に述べています。モイモイさんのご体験は正にブルックナーが願った通りだと思います。ブルックナー先生の生涯を懸けた嬉し涙の微笑みが見えるようです。

 見えない神様を見えない音楽で表現し誉め讃えるのが、ブルックナーの生涯の目的だったというのは、ブルックナーの作品に親しんで来た者にとってとても納得が行きます。

 ブルックナーは何度も求婚しましたが、生涯とうとう伴侶には恵まれませんでした。家庭は持てませんでしたが、神様をブルックナーは生涯恋い慕ったと言えます。

----------以下引用です


 「世界を救うために、世界の審判のその日を待ってくださいと言う我々にならなければならない。」(文鮮明師『御旨の道』P225) 

posted by ハッピーいちろ at 23:51| 東京 ☔| Comment(5) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月08日

ブラームスのヴァイオリン・ソナタ第3番



 ヨハネス・ブラームス(1833〜1897)はヴァイオリン・ソナタを3曲残しています。

 ウォーキングしながら聴いた、ギドン・クレーメルのヴァイオリン、ヴァレリー・アファナシェフのピアノのブラームスのヴァイオリン・ソナタ第3番ニ短調の第2楽章で涙が止まらなくなりました。

 郷愁を誘う楽想をクレーメルとアファナシェフの掛け合いが絶妙に繊細に響かせてくれます。この曲は演奏者の個性が強く反映するのを感じます。

 様々な名演奏家の組み合わせでいろいろなCDを聴いてみましたが、私にとってはクレーメルとアファナシェフによる演奏が一番印象深く心に残りました。

 アファナシェフは現在フランスに在住し、日本語の「もののあわれ」に美学的共感を感じていると表明しているそうです。

---------以下引用です

  「実力は一面を照らすが、精誠は中心であるため全面を照らすことができる。」(文鮮明師『御旨の道』P475)
posted by ハッピーいちろ at 23:44| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月07日

ブルックナーのミサ曲第2番



 ヨーゼフ・アントン・ブルックナー(1824〜1896)は「習作交響曲ヘ短調」「交響曲第0番ニ短調」と未完成(第3楽章までは完成)の「交響曲第9番ニ短調」を含めて11曲の交響曲を残しています。

 ブルックナーは宗教合唱曲も大曲を残しています。「テ・デウム」(“Te deum laudamus”<われら神であるあなたを讃えん>)と3曲のミサ曲が代表的です。

 ブルックナーは同時代の批評家から理解されず、随分と苦しんだようです。弟子達からさえ理解されずに楽曲の改訂を迫られたこともあったと、伝記に記されています。

 そんなこともあってかブルックナーは一時神経症に悩まされ、今日の映像のミサ曲第2番ホ短調を作曲して自らの神経症を癒し克服したと、読んだことがあります。

 このミサ曲第2番ホ短調は確かに神経を癒してくれるような希有の名曲です。ブルックナーの信仰が滲み出ているように感じます。

 ブルックナー自身の神経を癒したこの曲が後世の多くの人々の神経を癒して来たことは推測するに難くありません。

-----------以下引用です

 「苦労した結果がすぐ出ないと言って落胆するな。外的に戻ってくる。どれぐらい精誠を尽くしたかが問題である。」(文鮮明師『御旨の道』P191)
posted by ハッピーいちろ at 22:04| 東京 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月05日

バッハの無伴奏チェロ組曲



 ヨハン・セバスチャン・バッハ(1685〜1750)は6曲の無伴奏チェロ組曲を残しています。聴く者にとっては、さり気なくメロディーとハーモニーが心地良く続いて飽きません。

 勿論作曲は非常に緻密にされています。驚くのは演奏者が2時間半もの大曲を譜面を前に置かずに演奏することです。映像のミーシャ・マイスキー氏もそうです。

 盲目のピアニスト辻井伸行氏が演奏する姿も奇跡を見るようですね。マイスキー氏も辻井氏も演奏中は頭脳はどのように働いているのでしょうか。

 楽譜が目の前にないのにどのようにして音を紡いで行けるのでしょうか。本当に不思議です。当人のお話を本ででも読みたいと思います。

------------以下引用です

 「あなたと私と共に住みたいし共に語りたいし働きたい。これが神様の歴史的な心情である。国を愛したいと思えば人類を愛し、人類を愛したいと思えば神様を愛しなさい。」(文鮮明師『御旨の道』P310)
posted by ハッピーいちろ at 23:23| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月04日

ショパンのノクターン



 フレデリック・フランソワ・ショパン(1810〜1849)はノクターン(夜想曲)と名付けた曲を21曲残しています。

 ショパンの曲は情感が豊かで気持ちの起伏を感じます。ヨハン・セバスチャン・バッハ(1685〜1750)の自己抑制の効いた曲とはかなり違う趣です。

 バッハにもショパンにも魅力があります。その時の気分によって選択して聴きますと、心の「運動」になります。

-----------以下引用です

 「愛の主人公、心情の主人公として登場しなさい。いくら偉人が現れようとも人類の心情を征服できなければ失敗である。」(文鮮明師『御旨の道』P)
posted by ハッピーいちろ at 22:15| 東京 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月19日

Here Comes The Sun

 
 ジョージ・ハリスン作詞作曲のビートルズのナンバーです。

 「台湾からのお嫁さん」の記事で書きましたお祝いのカラオケで友達の一人が歌ってくれまして、聴いていて改めていい歌だなと思いました。

 ビートルズの4人の演奏の映像が見付かりませんでしたので、今日はジョージ・ハリスン自身が歌っている映像を載せました。

 今日、会社からの帰路、父と母を実家まで送り届けた後、付けたFM放送の「春」をテーマにしたリクエスト特集の中で、ビートルズの4人の演奏で流れました。

 聞きながら、「爽やかさ」ということが頭に浮かびました。感謝と希望を旨として生きようと改めて自らの本心の思いを自覚しました。

---------以下引用です

 「愛は与えて忘れなさい。」(文鮮明師『御旨の道』P297)
posted by ハッピーいちろ at 23:10| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月18日

マタチッチ指揮のシューベルト「未完成交響曲」

 会社からの帰路の車中では毎日シューベルトの交響曲第7番(以前には8番と言われており、所謂「未完成」交響曲です)をBGMのように流しています。

 これまではゲオルク・ショルティー指揮のウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏でした。ショルティー指揮の「未完成」交響曲はたっぷりしたテンポで雄大に演奏されています。

 最近、ロブロ・フォン・マタチッチ指揮のNHK交響楽団の演奏のシューベルト「未完成」の入ったCDが手に入りましたので、それも帰路の車中で三人で聴いています。

 マタチッチの指揮は第一楽章の前半はテンポが速いのは以外でした。チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」の時のように最初は可愛らしいという印象です。

 しかし聴いて行くと段々盛り上がって第一楽章の後半も第二楽章も心に深く染み入るような演奏で満足します。

 ショルティー指揮とマタチッチ指揮の両方の演奏を交互に流していますが、父はどちらの演奏も満足そうに聴いています。眠ったり、聞きながらいろいろおしゃべりに花が咲いたりもします。

 シューベルトの「未完成」交響曲をこんなに何度も聴いたのは私も初めての経験ですが、確かに何度聴いても飽きの来ない曲です。

 父が若い頃に高価なSPレコードを買って聴く程好きだった曲です。この曲を聴いていると若い頃の父に会えるような気がします。

 この曲をどんな風に指揮するか聴いてみたい指揮者もいますので、追々探してみようと思います。

-----------------以下引用です

 「貴い宝物を預けられる人とならなければならない。」(文鮮明師『御旨の道』P283)
posted by ハッピーいちろ at 23:21| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月27日

「空に太陽がある限り」


 
 今日の礼拝の後、教会にてお祝いの昼食会がありました。その中で教会壮年部の多数の有志(30歳前後の若いお父さん達から80代の人生の大先輩お父さん方まで)で歌を二曲合唱しました。

 一曲は聖歌の中の一曲で、もう一曲がこのにしきのあきらさんの「空に太陽がある限り」でした。

 練習もなく伴奏もなく僅かに歌詞を替え歌させてもらって皆で熱唱しました。牧会者のお一人から「一年分の『愛してる。』を言いましたね。」と評していただきました。

 今年一年分の「愛してる」を大声で歌って家族と神様と同胞隣人への愛を叫んだお父さん達でした。

-----------------以下引用です。

 「心情は願いの目的であり、事情は生活である。神様の心情を中心として、生活を広めていきなさい。」(文鮮明師『御旨の道』P291)
posted by ハッピーいちろ at 18:14| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月14日

フランツ・ペーター・シューベルトのこと

 昨日のシューベルトの交響曲ロ短調「未完成」の第1楽章の後半です。



 フランツ・ペーター・シューベルト(1797.1.31〜1828.11.19)は音楽史上多くの作品を残し特に「歌曲の王」と評価を受けた人物です。

 貧しい中で信奉者の友人達に支えられて作曲を続けましたが、出版に恵まれず、家族や友人達の演奏会で演奏されたのが殆ど唯一の演奏の機会でした。

 有名な「未完成」も含めて9曲の交響曲が残されていますが、本人は生前一度もオーケストラで演奏されたのを聴く機会は持てなかったといいます。

 「それなのにシューベルトの交響曲は一曲創る毎に確実に進歩しているのが涙ぐましい。」とクラシック音楽を共に愛好した友人の一人が高校時代に言っていたのを思い出します。

 あの「未完成」をはじめシューベルトの作品を広く世の人が知るようになったのはシューベルトの死後何十年も経ってからでした。

 フランツ・ペーター・シューベルトは32歳の誕生日を待たずにレストランで食べた肉がもとで罹った腸チフスで亡くなったといいます。

 今日は私の父が愛したフランツ・ペーター・シューベルトの魂を神様の愛の下に送るべくささやかな鎮魂歌となりました。

-----------------以下引用です。

 「『私がこのような姿になってしまったのか!』と嘆くな。それが歴史的に認定され保証される道があるかどうかが問題である。」(文鮮明師『御旨の道』P191)
posted by ハッピーいちろ at 22:53| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月13日

父と「未完成」交響曲

 私が子供の頃、自宅にクラシックのレコードがあるのに気が付きました。それは全てSP盤でフランツ・シューベルトの交響曲第7番ロ短調「未完成」(以前は第8番と呼ばれていました。)(3枚組)とケテルビーの「ペルシャの市場にて」とイヴァノヴィッチの「ドナウ川のさざ波」が裏表の一枚です。

 小学校の後半ではレコードを自分で掛けてもいいということだっと思うのですが、何度も聴いた記憶があります。父とも何度かシューベルトの「未完成」を一緒に聴いた記憶もあります。

 ところで、父と母を乗せて車で実家と勤務先の間の40分程の道程を毎日、朝と晩で往復していますが、一昨日の実家への帰り道で、父に久し振りでシューベルトの「未完成」交響曲を聴いてもらおうとiPodの中の曲をカーステレオで流しました。

 もう何年も聞いていないのに、間髪を入れず83歳の父が「未完成だね。」と言ったのには、父の感性の健在振りを示すものとして驚きと安堵の思いを新たにしました。

 父はレコードコレクターにはなりませんでしたが、SP盤のシューベルトの「未完成」に対する思い入れはかなり大きかったように記憶しています。何か思い出があるようです。

 この日の車中での「ミニコンサート」で、父が若い時からどれ程この「未完成」交響曲を愛好していたかを痛感した思いでした。

------------------以下引用です。

 「神様の愛を現そうとしたのが人間創造の動機である。愛は知識を超越している。」(文鮮明師『御旨の道』P324)

---------------------
シューベルトの「未完成」交響曲の第1楽章の前半です。
今は正式には第7番ですが、以前は長く第8番と呼ばれて来ました。
 
posted by ハッピーいちろ at 19:11| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月09日

ありがとう



 この歌を初めて聴いたのは半年程前に車を運転している時でしたが、涙が止まりませんでした。

 同乗者はいませんでしたので車を止めて思い切り泣きました。

 家内を幸せな母親にしたいと痛切に感じました。その為に最善を尽くそう、何でもできることはしようと思いました。

-------------以下引用です。

 「大きな願いをもった者であればあるほど長く忍耐する者である。」(文鮮明師『御旨の道』P372)
posted by ハッピーいちろ at 09:58| 東京 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月01日

ロヴロ・フォン・マタチッチ指揮のチャイコフスキーの交響曲第6番

 ロヴロ・フォン・マタチッチ(1899.2.14〜1985.1.4)は旧ユーゴスラビア、現クロアチア出身の指揮者で、来日してN響を何度も指揮しました。

 彼はヨシップ・ブロズ・チトーの共産政権に反対した為投獄され死刑宣告を受け、死刑執行の当日収容所の所長からピアノを弾くことを命じられそれを聴いた所長が「芸術家を死刑にするのは忍びない」として処刑だけは免れたという経歴の持ち主です。

 2年程前にこのマタチッチがチェコフィルを指揮したピョートル・チャイコフスキーの交響曲第6番ロ短調作品74「悲愴」の演奏をCDで聴きまして、一生忘れることができないような涙滂沱として禁ぜずの経験をしました。文字通り涙が止めどもなく流れました。

 第1楽章冒頭からしばらくはかわいらしくさえ感じる親しみやすさでしたが、演奏が進むにつれ心地よい程盛り上がり、最終楽章の悲しみを噛み締めるような情感は圧巻でした。魂の籠もった演奏を感じました。入魂の指揮です。

 チャイコフスキーにとっての祖国ロシア、マタチッチにとっての祖国クロアチア(旧ユーゴスラビアの一州)、オーケストラ演奏者の多くの人にとっての祖国チェコ、それぞれの祖国の歴史が重なってなのか、心に突き上げてくる情念を感じました。

 この演奏を昨日久し振りで聴き直し、痛感したことがあります。それは日本の存立、存続を願って涙を流す私達日本国民でありたいということです。見えないところで歴史が動いています。神様から日本に託された使命を果たしたくて涙を流す日本国民でありたいということです。

--------------以下引用です。

 「生命の源泉がどこにあるのか。自分がもっている価値を知らずにいて、それがほかの人の手に渡ったらもったいなくて痛哭する者となってはいけない。」(文鮮明師『御旨の道』P286)

posted by ハッピーいちろ at 22:32| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月29日

電子ピアノのこと

 先日、我が家の「夢の共演」?http://sjichiro.info/article/129703988.htmlとの記事を投稿しましたが、17歳の三男は「ピアノを練習したいと願っている。」と話して来ました。

 私も20代後半でピアノの練習がしたくなってコロンビアの「エレピアン」という小さくない一種の電子ピアノの走りを購入して4畳半の下宿に持ち込んで練習していたことがありました。

 その頃に比べると今の電子ピアノは隔世の感があります。音も素晴らしく、88鍵でコンパクトでしかも安価です。驚く程安いのに強弱による音の大小のタッチはもちろんのことグランドピアノ、アップライトピアノ、パイプオルガン、ストリングス等々本物のような音が出ます。

 父親としては三男を応援したい気持ちですが、家族の了解を取らなくては実現は難しいです。三男が自分の月々の小遣いで払えるようにしなければなりません。

 「○○(三男のこと)に甘い。」と長男からはクレームが入っていますが、何とか家族みんなが納得行くようにして気持ちよく三男が練習できるようにしたいと思います。

 そして我が家の「夢の共演」?を実現したいと思っています。
posted by ハッピーいちろ at 17:02| 東京 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月28日

抜群の癒し効果(midiファイル付)

 このブログの中で2回程名前を挙げて来ました、アーノルド・シェーンベルクの弦楽四重奏曲第4番のことです。
 http://sjichiro.info/article/121139411.html
 http://sjichiro.info/article/124955911.html

 アーノルド・シェーンベルクオーストリア生まれのユダヤ人でナチスを避けてアメリカに移住して一生を終えました。この曲、弦楽四重奏曲第4番については「神と人間の関係」がテーマだと述べています。

 この曲は口笛で吹けない曲です。ポリフォニーで主旋律といものがなく調性も脱して12音技法で作曲されています。4人の演奏が掛け合いのように面白く展開して行きます。

 慣れますと頭の凝りを解きほぐしてくれるような癒し感があります。気持ちが楽になるという感想を何度も持ちました。

 35分程の曲ですので、私はこれまで千回以上は聞いていると思います。聞き流しても心地よいです。

 今日はこの曲の楽譜から私がパソコンで音符を入力してmidiファイルにしたものをアップします。弦楽器の演奏方法が分からないと入力できない部分があり、残念ながら第一楽章の途中までしかできていません。

 それでも冒頭とそれからしばらくの雰囲気は味わっていただけると思います。この曲はさりげなく始まってさりげなく終わります。
 シェーンベルク弦楽四重奏曲第4番第1楽章途中まで.mid
posted by ハッピーいちろ at 09:59| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月21日

ヨハネス・ブラームスの交響曲第4番のこと

 先日車を運転していまして、丁度NHKーFMでブラームスの交響曲第4番ホ短調作品98を流し出しました。

 この曲はブラームスの交響曲の中でも特に渋い味わい深さで有名です。燻し銀のようだとよく評されます。ブラームスの個人的な人生経験を反映しているとも言われます。

 何度も聴いていた曲ですので車を運転しながら聴いていましても気を取られることはありませんが、いろいろな人のことを思い出しました。

 名曲として人々に記憶されている曲は聴く人をいい意味で瞑想に導いてくれます。そして普段忘れていたことを思い出させてくれます。

 自然と涙が流れることもあります。それが心をリフレッシュするのに役立ちます。
posted by ハッピーいちろ at 14:39| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月12日

人格の安定―ある交響曲に籠められた作曲者の思い

 前稿の4人が聴いていた50分の大曲はドミートリイ・ショスタコーヴィチ(1906〜1975)というロシア人作曲家の交響曲第5番ニ短調(1937年初演)でした。その時の指揮とオーケストラの名前は覚えていません。
 
 その時の「鑑賞会」で交響曲という音楽の様式で人生を表現するということを知りました。間もなく小遣いを貯めてレコードも購入しました。31歳のショスタコーヴィチは当時の旧ソ連で批判を受け窮地に立っていたと言います。若き日のショスタコーヴィチは「この曲で追求したのは人格の安定だ。」と述べているということをその後知って益々親しみを感じました。

 思春期の高校生にとって「人格の安定」という言葉は非常に魅力的でした。41年前に友人4人で黙って直向きに聴いたショスタコーヴィチの交響曲第5番はその後ベートーベンやブラームスやマーラーやアントン・ブルックナーはじめとして様々な音楽作品に人生を聴くようになる下準備をさせてくれました。
posted by ハッピーいちろ at 09:24| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

モノラルオープンテープ録音機によるクラシック音楽の即席鑑賞会

 41年前のある春の日に下町の一軒家の二階の畳の部屋で4人の高校生(3年生)がオープンテープに録音した50分を越えるオーケストラの曲を黙って聴いています。一度聴き終えるともう一度ということでまた聴いています。
 
 音楽好きの友人仲間の即席のテープコンサートに集まった4人の中の一人が私でした。その即席鑑賞会が開かれたのは友人の一人が「あの曲を知らないのは可哀想だ。」と発言したので「それでは聴いてみよう。」ということになったからでした。当時レコードは簡単には買えない貴重品でしたしカセットテープができる前の時代のことですから音源はモノラルのオープンテープレコーダーでテレビのクラシック音楽演奏会の放送番組をテレビのスピーカーにマイクを近付けて周囲の音も当然拾いながら録音してあるという代物です。

 18歳の4人の高校生達にとって高校最後の年の春に日の友人宅でのこのクラシック音楽鑑賞会は忘れられないものとなったようです。私にとっても昨日のことのように思い出されます。それでは4人は何を聴いていたのかを次の記事で投稿したいと思います。
posted by ハッピーいちろ at 08:56| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。