あなたとあなたのご家族がお健やかであられますように

2011年05月01日

I Should Have Known Better


 
 私が中学2年生の時に母が聞かせてくれたラジオのベストテンの番組で初めて聴いたビートルズの曲です。

 新鮮なメロディーと音色で心身の疲れが癒されるのを感じたことを今も昨日のことのように覚えています。

 45年前のことですが、今もこの曲を聴くと懐かしさが込み上げて来ます。
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2011年01月10日

ジャパンポップスの旋律の美しさ


 
 日本の歌のメロディーの美しさは世界でも定評があると言われています。

 ジャパンポップスの人気もこのメロディーに起因するところ大かもしれません。
 
 日本語がもたらす特徴なのでしょうか。

 これからも多くの日本人作曲家の活躍を期待したいものです。

 この中島美嘉さんの「雪の華」も美しい旋律だと思いました。

 Wikipediaに拠りますと、作詞は作詞家Satomi、作曲は松本良喜です。

 こういう美しい歌がCMで使われるのですから、私達日本人は幸せなのかもしれません。

----------以下引用です


 「実が実りはじめれば花びらは落ちてしまう。同じように心の中に神性が成長すればすべての弱点は落ちてしまう。」(文鮮明師『御旨の道』P377)

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2011年01月09日

また君に恋してる


 知人達との新年会の二次会のカラオケの最後に「大御所」の年配の男性がこの歌を歌いました。

 もともとビリーバンバンという兄弟デュオの歌を演歌歌手坂本冬美さんがカバーしてヒットした曲のようです。

 Wikipediaに拠りますと「また君に恋してる」は作詞松井五郎、作曲はビリーバンバンのバック・バンド・メンバー(ギタリスト)の森正明とのことです。

 もうすぐ還暦を迎える私にとっても、家内への感謝の思いとともに共感しました。

 夫婦の情愛を歌った秀作だと思います。

----------以下引用です


 「朝、夫と口げんかをしたときにも、夕方夫が帰ってくるときには、いつそんなことがあったか言わんばかりに微笑で対しなさい。」(文鮮明師『御旨の道』P515) 

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2010年12月09日

「冬の旅」の思い出


 シューベルトの歌曲集「冬の旅」については私も思い出があります。

 高校(男子校)の時の友達の一人がシューベルトの音楽が好きでこの歌(「春の夢」)を鼻歌のようによく歌っていました。

 高校時代はこの歌はいい曲だとは思いましたが、歌曲集「冬の旅」に親しむことはありませんでした。

 随分後になってからCDを購入しましたが、深く聴き込むことはありませんでした。

 つい最近、シューベルトの交響曲第4番を勤務先からの帰路の車の中で流した時の長男の意外な反応から、シューベルトの歌曲集「冬の旅」のことを話題にしたことから、私も思い出しました。

 そして次の機会に帰路の車中で「冬の旅」を流しました

 バンドでヴォーカルを担当している長男は、歌って来た立場から「冬の旅」に耳を傾け、深い洞察を語ってくれました。

 「何か相当深刻なことを歌っているようだが、それを言葉の意味が分からないのに伝えてくれるこの歌い手の表現力は凄い。」

 そういう意味のことだったと思います。

 改めてこの歌曲集「冬の旅」の歌詞の意味を調べますと、長男が言う通りでした。

 中学の時にビートルズを聴き始め、高校時代にクラシック音楽のバッハやベートーヴェン聴き出しました。

 そんな頃、冒頭の「春の夢」を鼻歌にしていた友人が、「ショスタコーヴィチの交響曲第5番知らないのは可愛そうだね。」と言いました。40年も前のことです。

 長男にも、「カセットもCDもインターネットもない時代で高校生ではLPレコードを買うことは殆ど無理な状況で、その友人は他の高校生が聴いていないようなクラシック音楽を紹介してくれた。『N響アワー』(NHKテレビのクラシック音楽の番組)をオープンテープに録音してグスタフ・マーラーの交響曲の存在を教えてくれたりして、父ちゃんにとっては師匠のような存在だ。」と話しました。

 長男はとても興味深そうに聞いてくれました。

 「孤独な中で聴いていて、関心を持つ仲間ができてその人はきっと嬉しかったんだと思うよ。」と長男は言いました。

 長男と一緒に「冬の旅」を聞くことによって、40年前のことが昨日のことのようによみがえり、その頃分からなかったことが分かって来て、新たな意味が見えて来るのを感じます。

----------以下引用です


 「自分の精力を120パーセント注ぎなさい。そうして失敗するとすればそれは失敗したのではなく必ず協働者が現れる。」(文鮮明師『御旨の道』P131) 

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2010年12月07日

我が家の長男と聴くシューベルト歌曲集「冬の旅」

 
 今日の帰路の車中は、既に長男に名前を紹介してありました、シューベルトの歌曲集「冬の旅」を流しました。

 長男はバンドでボーカルをしているので歌声を聞くと直ぐスィッチが入るようです。

 一曲目の初めて聞いたであろうと思われる歌曲で、「このメロディーライン好きだなあ。」と早速感想を言ってくれました。

 長男は「言葉が分からなくても歌っていることが分かるような気がして来る。」とバリトン歌手の表現力に感心していました。

----------以下引用です


 「善なることをなすとき、環境のために失敗しても、それは失敗とならない。必ずほかの面において成就されるようになる。」(文鮮明師『御旨の道』P33)

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2010年12月05日

我が家の長男と聴くシューベルト交響曲第4番


 二、三日前、勤務先からの帰路の車の中で試しにシューベルトの交響曲第4番ハ短調「悲劇的」D417を流しました。

 日頃は自分の携帯オーディオでロックをイヤフォンで聴いている長男が、その時はイヤフォンを外していました。

 そして「いい曲だな。ちょっと暗いかもしれないけど、いい曲だ。」と呟きました。

 この交響曲第4番を作曲した時フランツ・シューベルトは19歳でした。

 私自身シューベルトの初期の交響曲はあまり聴いていませんでしたが、長男のこの一言のお蔭で聴いてみたくなりました。

----------以下引用です


 「善はもっているものを万民に分け与えたい心情である。善を行って全体の心に合わせることのできる和動性があれば全体の中心となることができる。」(文鮮明師『御旨の道』P34)

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2010年10月30日

ベートーヴェン交響曲第9番の昂揚感


 勤務先からの帰路の車中「母と聴くベートーヴェンの交響曲」は今日が最後で交響曲第9番ニ短調作品125「合唱付き」でした。

 この曲は長いので、昨日の交響曲第8番の後交響曲第9番の第1楽章は既に流してありました。

 今日は第2楽章から始まり父と母に住むマンションに着いた頃殆ど終わりました。

 人の声が加わると表現力が格段と増します。

 加えて大勢の人達の整然とした合唱による昂揚感は素晴らしいものがあるのを改めて感じました。

 第1楽章からフィナーレに至るまでの「長い道程」を期待感を次第に高めて引っ張って行き、その期待を裏切らない歓呼の終結を迎えるエネルギーの高さを感じます。

 母もじっくり聴けたと思います。父も時折耳を傾けている様子です。

 交響曲は通常4楽章形式ですが、第1楽章が印象的な曲でもそれにバランスを取れる程の出来映えの最終楽章を創るのはかなり難しいことのようです。

 ベートーヴェンが交響曲第9番の最終楽章に独唱者4人と大合唱団を配したのは、優れた声はそれ程最高の表現力を持った「楽器」であるということなのだと思います。

----------以下引用です


 「善なる人とは犠牲になる人であり、愛を誘発させる人である。」(文鮮明師『御旨の道』P280)

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2010年10月29日

ベートーヴェン交響曲第8番の軽快さ


 今日の帰路の車中での「母と聴くベートーヴェンの交響曲」は交響曲第8番ヘ長調作品93でした。

 この曲の軽妙軽快な雰囲気と華やいだ響きが私は十代の時から好きでした。

 音色旋律(楽器を換えて和音を維持する)という新しい手法も用いられています。

 母も楽しんでくれたと思います。この曲は自然なくつろぎを体験させてくれます。

 ベートーヴェンが晩年到達した境地は松尾芭蕉の「軽み(かろみ)」に通じる世界だったと私は理解しています。

 「真理それ自体が立ち現れる」ということにベートーヴェンは惹かれたようです。

 力まず自然体のベートーヴェンの軽妙洒脱な語り口を感じます。

----------以下引用です


 「与えるときに受けようとすれば滅びてしまう。我々はもっているものがなくても与える心情で生活していこう。」(文鮮明師『御旨の道』P273)

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2010年10月28日

ベートーヴェン交響曲第7番の推進力


 本日の帰路の車中の「母と聴くベートーヴェンの交響曲」は交響曲第7番でした。

 ベートーヴェンはこの曲で一つの革新を果たしました。

 音楽自体に推進力を持たせたのです。音楽に推進力を内在させたと言えます。

 正にベートーヴェンの交響曲の奇数番の奇跡です。

 この曲は後代の作曲家に多大な影響を残したに違いありません。

 「のだめカンタービレ」でも取り上げられていたのを予告編で見ました。

 今日も、母も父も眠らずに聴いていたようです。

 ベートーヴェンの音楽の心地よさを体現した曲だと思います。

----------以下引用です


 「侍ることによって救われる。それをどれぐらい実感したのか。」(文鮮明師『御旨の道』P400)

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2010年10月27日

母が馴染んだ田園交響曲


 今日の帰路の車中の「母と聴くベートーヴェンの交響曲」は交響曲第6番「田園」でした。

 この曲は母がまだ中年の頃私が紹介して気に入って好んで聞いていた曲です。

 自然描写というよりもベートーヴェンの心象風景を題材にしたと理解できます。

 のどかにダンスをしていたかと思えば次第に雲行きが怪しくなり嵐が来たかと思えばまた平常に戻るという表現が人の心を描写しているようでもあります。

 絶対音楽を追究したベートーヴェンには珍しく標題音楽を指向した交響曲と言われています。

 この曲も母には勿論のこと父にも長男にも違和感なく馴染んでいたようです。

 カッコウのさえずりを模したと思わざるを得ないフレーズが現実のカッコウのさえずりとは大違いで、心の中の何か(期待や予感)を表現しているような気がします。

----------以下引用です


 「まず、心の中に平和をなしたあとに祈りなさい。」(文鮮明師『御旨の道』P470)

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2010年10月22日

親しまれている「運命」交響曲(ベートーベン)


 昨日の勤務先からの帰路の車中のベートーベンは交響曲第5番ハ短調作品67「運命」でした。

 さすが日本人に最も親しまれているクラシック音楽の一つです。

 母は勿論のこと、父も寝ないで聞いているのが何となく分かりました。

 これだけ親しまれている曲ですと、多少音が大きく鳴り響いても全く気になりません。

 みんなで聞いて楽しめます。鳴る音鳴る音が違和感なく耳に馴染みます。

 日本人がベートーベン交響曲第5番ハ短調「運命」をどれ程愛して来たかが分かった気がしました。

 今日の帰路は両親を病院に送り迎えして自宅に送りましたので、「(車中で)母とベートーベンの交響曲を聴く会」はお休みしました。

 私も明日(23日)から月曜日(25日)まで韓国の清平修練苑(統一教の国際的なセミナー施設)に行って来ます。

 この間の両親の送り迎えは同じ地域に住んでいる社員に頼んであります。

 「(車中で)母とベートーベンの交響曲を聴く会」は早ければ火曜日から再開したいと思う次第です。

 このブログも2、3日の間、更新できないかも知れませんが、宜しくお願い致します。

 皆様のご多幸を心より祈りつつ。

----------以下引用です


 「天に対して祈るときは、子供が父の前で頼むような純粋な心情で祈らなければならない。」(文鮮明師『御旨の道』P467)

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2010年10月21日

控えめな出だしの交響曲第4番(ベートーベン)


 昨日の帰路の車中で母と聴くベートーベンは交響曲第4番変ロ長調作品60でした。

 この交響曲の第1楽章の冒頭は控えめで、「おそるおそる」といった趣です。

 丁度車中で会話が盛り上がって来た時でしたので、「ちょっとお邪魔して良いですか?」と言わんばかりの出だしでした。

 この曲もベートーベンにしてはおとなしめで、ゆったり聞けます。母(81歳)も概ね満足という感じでした。

 母と一緒に聞きますと、母の感性を想像したり、思い計ったりしまして、一人で聴くのと違う感覚で面白いです。

----------以下引用です


 「幸福は勝利的な心情の権限をもってこそ獲得することができる。」(文鮮明師『御旨の道』P234)

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2010年10月20日

「英雄」交響曲は母の耳にどう響いたのか


 昨日の勤務先からの帰路の車中はベートーベン交響曲第3番変ホ長調「英雄」作品55でした。

 このベートーベンの交響曲の中でも特に男気の塊のようなこの曲は81歳の母の耳にはどう響いたのでしょうか。

 母の反応は沈黙でした。「・・・・・・」

 別な機会に母の感想を訊いてみたい気もしますが、母には迷惑かも知れません。

 しかし、やはりこの曲は心に染みる名曲です。

 いずれにしても母と一緒に聴きますとベートーベンが違って聞こえて来るようで面白いと思いました。

----------以下引用です


 「み旨の前に変わることのない者となろう。」(文鮮明師『御旨の道』P263)

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2010年10月19日

母と聴くベートーベン交響曲第2番


 昨日の勤務先からの帰路の車中で流したのはベートーベンの交響曲第2番ニ長調でした。

 ベートーベンの他の交響曲に比べると大人しくて蔭が薄い感がありますが、「第9番」との関係は深そうです。

 美しい旋律で、強弱の激しいベートーベンには珍しくBGMに流してもゆったり聴けます。

 すかさず、81歳の母も「これは何の音楽?」と質問してくれました。

 母にとっても心地良く、印象的だったのだと思います。

----------以下引用です


 「み言を中心として神の愛の火をおこすものが愛である。」(文鮮明師『御旨の道』P255)

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2010年10月18日

母とベートーベンの交響曲


 勤務先から父と母と長男を乗せて帰宅する車中で先週からベートーベンの交響曲を1番から順番に流しています。

 ベートーベンの初期の交響曲は分かりやすい感じがします。

 ベートーベンは奇数番の交響曲で革新的な試みをしていると聞いたことがあります。

 途中で母が思い出したように、「これは何の音楽?」と尋ねて来るので、母が聴いていることが分かります。

 父は車の中では自分が話している時以外は殆ど寝ているようですが、母は車の中では殆ど寝ないので、母の為に心地よい音楽を毎日流して上げようと思います。

----------以下引用です


 「神(天)以上に耐えた方もいないし、神以上に苦労した人もいない。」(文鮮明師『御旨の道』P192)

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2010年10月04日

ザ・ケルン・コンサートのこと



 長男との昨日の帰宅途上の車の中での会話で私が話題にしたキース・ジャレットの「ザ・ケルン・コンサート」を今日の帰宅の車中で流しました。

 長男も感心して聴いていました。父の睡眠の妨げにはならなかったと思います。母も黙って聞いていました。

 この曲は楽譜無しのインプロビゼーション(即興演奏)です。そして歴史に残る名演であり、名曲だと思います。

 何度聴いても飽きません。長男もなんでこういうことができるのだろうというような感想を言っていました。

 人間の感性が互いに磨かれたらどんなに素敵な世界になるだろうと思わせる演奏(曲)です。

----------以下引用です


 「愚かな者は姿形を見て喜び、知恵のある人は内容を見て喜ぶ。」(文鮮明師『御旨の道』P288)

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2010年10月02日

チェンバロの響きの中で


 曽根麻矢子さんのチェンバロ演奏は可憐さと情熱とを併せ持った魅力があります。

 昨日仕事帰りの車の中で父と母が後ろの席、長男が助手席、私は運転席という配置で曽根麻矢子さんの「シネマ・チェンバロ」というアルバムを流しました。

 長男はチェンバロの音が好きだと私は初めて知りました。父は眠り、母も静かに聞いていました。

 私が曽根麻矢子さんのアルバムを買った経緯や曽根麻矢子さんがバッハだけでなくスペインの「ファンダンゴ」というジャンルも得意としているというような私の話を長男は興味深そうに聞いてくれました。

 長男もいろいろ感想を話してくれるので、車の前の席は盛り上がっていました。

 父も母もそんな私達親子の会話を黙って聞いてくれていたか、眠っていたかは分かりませんが、静かに見守ってくれているのは間違いないと感じました。

----------以下引用です


 「大きい器を準備しなさい。小さい器には早く水を入れることができるが、それからあふれ出る水が少ない。しかし、大きい器に水を入れるのは難しいが、黙ってあふれるときには莫大な水となる。」(文鮮明師『御旨の道』P276)

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2010年09月30日

最後の一撃(マーラー交響曲第6番のフィナーレ)


 以前にも取り上げたグスタフ・マーラーの交響曲第6番の第4楽章フィナーレのハンマーとシンバルです。

 この映像の後に更に本当の終結の一撃があり、曲は終わります。

 マーラーファンはその最後の一撃が聞きたくて1時間半の大曲を聴きます。

 正にカタルシスです。私はこの終結から困難をも包み込んで受け入れる大きな心を感じ取ります。

----------以下引用です


 「国家の上下が一つの目的をつかんで涙で交流すれば滅びることがないのに、いわんや神様の涙と人間の涙が交流すれば人間が滅びるはずがあろうか。どうせ終わりの日には悲しみの涙であれ、喜びの涙であれ、涙を流すようになっている。あなたはどの涙を流すのか。」(文鮮明師『御旨の道』P212)

 
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2010年09月22日

アーヴィング・バーリンのこと



 アーヴィング・バーリン(Irving Berlin、本名英語表記: Israel Isidore Baline、1888年5月11日1989年9月22日ベラルーシ生まれのアメリカ作曲家作詞家。)が作詞作曲した史上最もヒットした歌曲の一つと言われる「ホワイトクリスマス」です。

 アーヴィング・バーリンは楽譜の読み書きができませんでしたが、作詞した楽曲は3,000曲以上、17の映画音楽と21のブロードウエイミュージカルを手がけていると言います。(上記ウィキペディアより)

 昨日の我が家の「長男のオリジナル曲の作風」の中で長男の作曲の仕方を聞いて直ぐ浮かんだのがアーヴィング・バーリンでしたので、その場で長男にも話しました。

 我が家の長男が近い将来に楽譜の読み書きができるようにならないとも限りません。

 若い人達が皆、様々な能力を磨いて発揮し、活躍できることを祈ります。

----------以下引用です


 「神が求める人は無限に潤沢であり、無限に味のある人である。」(文鮮明師『御旨の道』P277)

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2010年09月02日

プロコフィエフ交響曲第7番「青春」


 セルゲイ・プロコフィエフ(1891.4.23〜1953.3.5)交響曲第7番嬰ハ短調作品131です。

 61歳の時に作曲されました。冒頭の旋律が初老のプロコフィエフが若い人達の前途を切々と祝福するようで、聴いていて胸が締めつけられるのは私だけではないと思います。

 来年は還暦を迎える私にもこのプロコフィエフの思いが良く分かる気がします。

 息子達の世代が自分を限定しないで伸び伸びと生きて欲しいと思います。

-------以下引用です

 「麹は和合の原料である。全体を溶かすことのできる愛の麹となりなさい。」(文鮮明師『御旨の道』P379)
posted by ハッピーいちろ at 23:55| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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