あなたとあなたのご家族がお健やかであられますように

2011年01月15日

還暦を迎えて

 還暦は元々満60歳の誕生日とは無関係で、生まれた年に60年を加えた年(干支が一巡し起算点となった年の干支に戻る年)を指すとWikipediaに記載されています。

 私は今年正に還暦を迎えたと言うことになります。

 人生の節目であることは間違いありません。

 昨年からの予定で今年18日から一週間前後、病院に入院することになっています。

 命に別状がある訳ではありませんが、19日には手術を受けることになります。

 これも何か意味があることだと思い、祈る機会にしたいと思います。

 そして今後をどのような心構えで過ごすかを深く瞑想したいと思います。

----------以下引用です


 「未来の私を誇れることと神様の前に立たなければならない未来の私を思いながら苦労をし、戦いなさい。」(文鮮明師『御旨の道』P274)

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2011年01月13日

前向きに受け止めること

 人生は山有り谷有りです。

 順風満帆の時もあれば逆風の時もあります。

 適度の休息を取ることも必要です。

 今日一日を振り返り、明日に心を備えて休みます。

 友の為に祈る時間も恩恵の時間です。

----------以下引用です


 「忍耐と克服は復帰途上の正常的な軌道である。」(文鮮明師『御旨の道』P461)

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2011年01月12日

人生と仕事と縁

 人生の中で仕事あるいは職業が心に占める割合は男性にとって大きいものです。

 職業選択の自由が保障された現代社会です。

 歴史的に見ますと本当に恵まれた時代に私達は生きていることは間違いありません。

 私も今、企業の人材を求人し採用する立場を経験しています。

 一日最低8時間、人生の四分の一から三分の一を共に働くというのは縁が深いと言えます。

 還暦を目前にして、人生の機微に心惹かれる毎日を過ごしています。

----------以下引用です


 「審判は人を捕らえようとするのではなく、怨讐を捕らえようとするのであり、万物を解放しようとするのではなく、人を解放しようとするものである。」(文鮮明師『御旨の道』P216)

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2011年01月11日

相手の立場になって理解すること

 一生懸命したことでも、批判を受けることはあります。

 そんな時も謙虚にその意見に耳を傾けることは勇気が要りますが、得るものも大きいと思います。

 先ず、自らの人格の陶冶の機会です。

 そして大きな意味での信用です。

 そして心身の健康です。

 自らの不足を補ってくれると思えば、有り難いとさえ思えて来ます。

----------以下引用です


 「一言誤って三週間祈ったことがある。」(文鮮明師『御旨の道』P280)

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2011年01月04日

様々な課題

 誰しも人生には様々な課題を抱えていることだと思います。

 統一教人であろうとかなかろうと、人は誰でも神様にとっては愛する子供達です。

 神様は確かにおられて、あなたの問い掛けを聞いておられます。

 あなたが今、直面しているその課題を解きたいという思いを強く持つ時、神様の導きがあります。

----------以下引用です


 「知ってみると多くの面において『あ!足りないな』と言う、これが良い賜物である。」(文鮮明師『御旨の道』P105)

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2010年12月31日

来年も日本が神様の愛の実現に貢献できますように

 来年が日本国民が神様に関心を深めて行ける年になりますように。

 日本に神様が関心を持って下さっていることに日本国民が気が付きますように。

 神様が願われる地上天国実現の為に日本が貢献できますように。

 来年がおひとりおひとりの解決したい課題が解決できる年になりますように。

----------以下引用です


 「朝笑いながら『お父様!』と言って床から起き、夜また笑いながら『お父様!』と言って床に就きなさい。」(文鮮明師『御旨の道』P396)

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2010年12月30日

相手を理解する力

 相手に対する理解力を高めることは自他の幸福実現に必要不可欠なことです。

 日々の瞑想の中でその素地を作ることができるのではないかと期待できます。

 どんなに忙しくても友人達や家族や気になる人達の名前を挙げて瞑想する時間を持ちたいと思います。

----------以下引用です


 「霊界は愛の世界であるゆえ、時空を超越する。」(文鮮明師『御旨の道』P318)

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2010年12月29日

情緒指数

 相手の感情や願いを理解する能力、相手に対して関心を持ち、一緒に原因を究明し、工夫して解決する能力、を量る指数を情緒指数といいます。

 知能指数で表される能力よりも、情緒指数で表される能力の方が、本人とその周囲の人達の幸福の実現には貢献度が大きいと言えないでしょうか。

 情緒指数を高めるような教育は国家の未来を切り開くと言っても過言ではないように思います。

----------以下引用です


 「真理のみ言は戸を開くもの、その次は心情で育ててあげなさい。」(文鮮明師『御旨の道』P291)

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2010年12月26日

ツルゲーネフ「貴族の巣」

 ロシアの文豪イワン・ツルゲーネフの作品に邦訳題「貴族の巣」という小説があります。

 ソ連時代に映画化もされました。

 都会での生活から妻ワルワラの艶聞に嫌気がさして単身故郷に戻った知識人ラブレッキと彼を故郷で優しく迎えたリーザの物語です。

 ワルワラの訃報を受け取ったラブレッキは安堵にも似た複雑な思いを抱きます。

 しかしワルワラの訃報は偽りでリーザの前にワルワラが現れ、リーザはラブレッキを避けるようになります。

 リーザは「修道院に行きます。」と表明します。

 リーザはラブレッキに理由を尋ねられて「愛するが故です。」と答えます。

 リーザは修道院に入り、ワルワラも都会に戻り、ラブレッキ一人が残ります。

 リーザの行動にロシア正教の伝統を背景にしたキリスト教的情愛の精華を見たように感じました。


 作者ツルゲーネフの作中末尾の「後日談」がとても印象的です。

 角川文庫「貴族の巣」(ツルゲーネフ:米川正夫訳)のP280〜281を引用します。

 「これで終わりか?と不満な読者は尋ねるかもしれない。

 『いったいラヴレーッキイはどうなったか?リーザは?』

 しかし、まだ生きてはいるけれど、もう地上の闘争場裡から退いた人々について、何をいうことがあろう?

 なぜ彼らに立ち戻る必要があろう。

 ラヴレーッキイはリーザが身を隠している修道院を訪ねて、彼女に会ったということである。

 唱歌席から唱歌席へと移って行く時、彼女は彼のかたわら近く通って行った。

 いかにも尼僧らしく正しい、せかせかとした、しかもつつましやかな足取りで、彼のほうを見もしないで通り過ぎた。

 ただ彼に向けられた片々の眼の睫毛だけがかすかにおののいて、その痩せた顔がいっそう低くたれたばかりである。

 ――そして数珠を巻きつけたまま堅く握りしめた手の指が、なおしっかりと組み合わされた。

 二人は何を考え、何を感じたか?誰がそれを知り、誰がなんといい得よう?

 人生にはそうした瞬間が、そういた感情が存在するのもである。

 それはただ指さして、――そのまま通り過ぎるよりしかたがない。」

----------以下引用です

 「
良心は神の出発点であり、天国の起源である。」(文鮮明師『御旨の道』P242)

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2010年12月20日

心情投入

 夫として妻に心情投入することは永遠の価値を産みます。

 結婚祝福は統一教だけでなく、人類全ての人への神様の愛の現れです。

 夫婦が永遠に愛し合えるというのは人間の歴史を貫いた夢です。

 神様の愛を中心として夫婦が相思相愛になれます。

 神様の愛を中心として愛し合う夫婦は地上でも霊界でもひとつになれます。

----------以下引用です


 「情的な最高の祭物が夫婦である。」(文鮮明師『御旨の道』P510)

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2010年12月15日

恨霊の方々のこと

 今日の記事も私の個人的主観的な理解の範囲の内容です。

 一昨日「恨霊の方」に関することを投稿しました。

 その方達は生前、人間として耐え難い余りに酷い仕打ちを受けて、怨恨を抱いたまま亡くならざるを得なかったのです。

 その方達も幸せにして上げなければならないというのが神様の思いです。

 恨霊の方々も私達も等しく本来神様の子です。

 無念の内に恨み骨髄に徹する思いを抱いたまま肉体を失ってしまった方々が恨霊となった方々です。

 神様の救いは地上の人間ばかりでなく、霊界に行った人達も対象です。

 肉体を失った後も人間は霊人体として厳然として存在します。

 魂というようなフワフワしたはっきりしない存在ではありません。

 人間は本来肉身(肉の心と肉の体)を持った地上の人生で自らの愛を完成してから霊界に行くようになっていました。

 人間始祖が道を「踏み外した」為に地上で完成できなくなり、死が恐怖と不安の対象となってしまいました。

 そしてあらゆる犯罪が蔓延って犠牲者が後を絶たずに歴史が続いて来ました。

 それに加えて、民族間や国家間の戦争が近代現代まで起こり続けています。

 目を覆う惨状が人類歴史の中で繰り返されて来ました。

 そのように犠牲になった方々も、普通に天寿を全うした方々も、霊人体として今も厳然として存在し活動しています。

 その方達はもちろん肉眼では見えません。

 人間は永遠の存在として神様に創造されたのです。

 死んで肉体を失って終わりではないのです。

 神様の救いの摂理は肉身を失って霊人体だけになった方々も対象です。

 そして「善人」も「悪人」も「良心的な人」も「宗教人」も万人が神様の救いの摂理の対象です。

 現代は霊界地上界合同作戦の時です。

 主役は地上に生きている私達ひとりひとりです。

----------以下引用です


 「我々が行く道は、父母を失ってしまった息子の行かねばならない道である。ゆえに、墓に行って心行くまで泣き、決意しよう。」(文鮮明師『御旨の道』P61)

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2010年12月13日

恨霊の方に振り回されるなかれ

 酷い仕打ちを受けて命を落とした方は通常では死後も恨みを抱かざるを得ません。

 恨みを晴らそうという思念と執念によりその存在様相は危害を及ぼす存在で、所謂悪霊的になります。

 しかしその経緯が同情できて余りあるので、「悪霊」とは呼ばずに「恨霊(はんれい)」とお呼びします。

 恨みを晴らしたい一念が凝り固まった存在ですから、取り憑いた人に危害を加えたり、命を落とさせようとします。

 「恨霊」の方は蟻の卵のように小さくなって、生きた人の細胞の中に無数に存在しているといいます。

 勿論肉眼では見えませんから、始末に困ります。

 霊的存在は人間の思いに働いて作用します。

 作用された人間の思いに照準を合わせて働きかけ、犯罪行為を行わせることもあります。

 そんなふうに恨霊の方に翻弄されて起こさせられると思われる犯罪が最近特に目立ちます。

 犯罪行為に至らなくても、不本意な言動をしてしまうことはもっと頻繁にあります。

 自分の思いが自分の本心からのものか何か背後の霊的存在に操られたものなのかを峻別する必要があります。

 統一教ではそういう問題に対しましても深い洞察と解決策を提示しています。

----------以下引用です


 「だれかが忠告したなら、100パーセント受け入れなければならない。」(文鮮明師『御旨の道』P351)

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2010年12月12日

意思の疎通

 身近な人との意思の疎通の大切さは誰しも認めるところでしょう。

 簡単なようで奥が深いことも事実です。

 焦っても上手く行かないこともありますし、何もせずしては通じていないこともあります。

 相手の思いを汲み取って理解しようとすることが基本だと感じます。

 妻帯者であれば、伴侶との意思の疎通は幸不幸に関わることです。

 人生の機微に通じる生き方には心を静めて身の回りの出来事を深く味わうことの蓄積も必要です。

 共に生きる人を尊重し慈しむことに意識を向けるようにします。

----------以下引用です


 「祈りは深い水おけと同じである。祈りの雰囲気は我々の肉身生活における呼吸と同じようなものである。」(文鮮明師『御旨の道』P467)

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2010年11月30日

中高年男性の本音

 多くの中高年男性は中々話そうとしません。

 しかし一旦話し出すと話が止まらなくなることが多いように思います。

 「堰を切ったように」という言葉の通りに止められません。

 中高年男性は生きて来ていろいろな体験をしたので、話したいことが沢山あります。

 その話したい衝動を自分で制御するのは至難の業です。

 世の中ではいろいろ話したいのにそれを聞いてくれる人もなく、寂しくしている中高年男性がどれ程沢山いることでしょうか。

 統一教の教えは自己牧会(セルフ・カウンセリング)を可能にします。

 それでも男性同士で熱く語り合う(議論する)ことはどうしても必要です。

 そういう熱い議論を可能にしてくれる仲間や友は本当に宝物より貴重だと思います。

----------以下引用です


 「孝子とは細密な面まで相談して生活する。孝誠からすべてを学んで進みなさい。」(文鮮明師『御旨の道』P511)

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2010年11月20日

心の疲れを取るには

 心の疲れを取るには統一教の礼拝に参加されることをお勧めします。

 統一教で出会う神様は超然とした神様ではなく、私達と一緒に泣かれる神様です。

 その神様を喜ばして差し上げたいというのが統一教人の願望です。

 神様に喜んでいただくには人類の全ての人が幸せにならなくてはなりません。

----------以下引用です


 「愛を中心として人類の祖先として来られた方がメシヤである。」(文鮮明師『御旨の道』P318)

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2010年11月18日

セルフ・ブレーン・ストーミング

 今日は、テーマを決めて自分の中で様々に見解を書き出してみました。

 近々、統一教の壮年仲間(壮年食口)で集まって本格的なブレーン・ストーミングをしたいと思っています。

 その叩き台をつくるべく3日前に3人で集まって話し合いました。

 その場で出た意見を思い出して今日書き出し、更に今日頭に浮かんだ意見を追加してパソコンに打ち込んで見た訳です。

 私が二十代の頃はラベルのような紙に書き出してそれを眺めてグループ化して並べ直したりしたものです。

 その当時もそれで結構長い纏まった文章も楽しく書けたのを覚えています。

 今はそれをパソコンの画面上でできるようになりましたので、益々楽しいものになりました。

 意見を出し合って楽しみながら何かを生み出して行ける予感がします。

 今日行う予定が都合で延期になりましたが、予定した十人前後のメンバーで集まるのが楽しみです。

----------以下引用です


 「神が一番悲しいときは、祝福を与えようとしても眠っているために、彼らを目覚めさせて与えなければならないときである。」(文鮮明師『御旨の道』P154)

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2010年11月15日

心の隙の克服

 横綱白鵬の連勝記録が今日、稀勢の里に敗れて63連勝で止まってしまいました。

 白鵬関自身が敗因を心身の「スキ」と表現しました。

 この後白鵬がどのように心身を立て直して相撲を取り続けるかが見所なのだと思います。

 人生の中で失敗や失策や手落ちは避けられないことかも知れません。

 問題はその後、どうやって立ち直るかが大切なのだと思います。

 日々の生活の中で悔いない人生を構築し続けて行きたいと念願します。

----------以下引用です


 「引っ張られて歩む群れとなってはいけない。み旨を知ったなら自らみ旨を中心としての目的を与えてくださいと言って、自らの道を開拓していかなければならない。」(文鮮明師『御旨の道』P113)

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2010年11月06日

人生の中の精誠

 精誠とは日々継続することだと学びました。

 少しずつでも毎日積み上げて行けば何事かが成し遂げられます。

 その「少しずつでも」ができていないことがあります。

 本心に問うてどうしてもやらねばならないと思うことがあるなら、諦めずに何とかして継続したいです。

 神様に喜んでいただきたいということを動機として継続できたら自分の本心も納得します。

----------以下引用です


 「生きるということは、悪の要素を除いて善の要素の本質へ接ぎ木することである。」(文鮮明師『御旨の道』P37)

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2010年11月04日

自分の声と言葉を自由に操る

 自分の声と言葉を自由に操るのは当たり前のようで奥が深いことです。

 歌う時は一種の楽器になり、言葉を発する時はスピーカーになり、日頃から手入れし、調整していませんといざという時に自由に使えません。

 言葉と声を磨くには霊的感性を高める必要があると感じます。

 神様のみ言の訓読はまたとない自己訓練・自己修練のチャンスです。

 いつも心霊をベストコンディッションに近づけるように修練したいと切望します。

----------以下引用です


 「運動選手がスタートしてゴールラインに立てなければどれほどの恥であろうか。」(文鮮明師『御旨の道』P62)

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2010年11月03日

視覚的に把握する

 今日なすべきこと、今週なすべきこと、今月なすべきこと、今年なすべきこと、数年内になすべきこと、十年内になすべきこと、死ぬまでになすべきこと。

 言葉で書いてみる(あるいはパソコンで打ち込んでみる)と、明確になって来ます。

 頭の中で渦巻いていたことが言葉になって明確になります。

 明確になれば計画を立てることも可能になります。

 家計も同様に毎月数字でしっかりと把握する必要があります。

 勿論当然のことです。

 当然のことを日頃しっかりやっておくことが大切です。

 言葉と数字で明確に把握すると夢も湧いて来ます。

 夢を実現する意欲も強まります。

----------以下引用です


 「人格者は、見て聞いて行う人である。善を中心として見て聞いたことを行うことができないとき、悪主権内に立つしかない。生涯において善なる結果を残すことができなければ、これまた負債を負った者である。」(文鮮明師『御旨の道』P287)

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