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2009年11月28日

歴史的反省と現在の責任

 第二次世界大戦前のドイツでナチス台頭の過程は歴史的痛恨です。ナチスの危険性を訴えた指導者達が相次いで過労による死去や政治的失脚によって政治の舞台から消え、こともあろうにナチスを自己の権力基盤の確立の為に利用する人物が現れてその人物もナチスによって追放され、ヒットラーの率いるナチスがドイツにおける権力を握ることになったのです。

 日本の戦前戦中の歴史的推移も同じく痛恨の対象です。言論の圧殺あるいは言論界の自己検閲によって国民が真実に対する眼を塞がれ発言を封じられ国家的軌道修正の活力を失ってしまいました。

 闊達な議論を可能にするには国民一人一人が真実の報道と事実に即した情報に触れていなければなりません。健全な言論界の存在が大きな意味を持つと言わざるを得ません。

 後で振り返ってあの時こうしていたらと悔やんでも、教訓を得ることはできても過ぎ去った歴史は変えることができません。過去の歴史から教訓を得て現在の責任を果たすように最善の努力を傾けることが必要です。

 この国を虎視眈々と狙っている国並びに勢力がないと誰が断言できますでしょうか。歴史的な実績を考察すれば判断する良き材料を得ることができる筈です。繰り返しますが、この国が身を持って学んだ外交的歴史的教訓は「アングロサクソンに決して敵対するな。」そして「韓国と友好的であれ。」です。

 国家的安全保障と国民の発言の自由が確保されている現状を維持推進して、この国の未来を賢明に切り開かねばなりません。

------------------以下引用です。

 「我々に加重された責任は、我々の一代において、悲しみをなくし、喜びをどれほど立て得るかということである。」(文鮮明師『御旨の道』P168)
 
posted by ハッピーいちろ at 15:47| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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