あなたとあなたのご家族がお健やかであられますように

2013年03月12日

愛しの妻の愛と忍耐

 愛しの妻は右半身麻痺、失語症の状態でありながらも思いやりの心に溢れていました。

 この妻が私の目から消えてしまうとはその頃の私は夢にも思っていませんでした。

 今は時間と空間を越えて自由に活躍しています。そう感じて私も家内と心と心の交流をして元気に歩めそうです。

 愛しの妻が大好きです。愛しています。永遠に一緒です。永遠に一つです。
posted by ハッピーいちろ at 10:47| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月11日

集中とバランス

 愛する妻は他界(聖和)して、見えない存在になりましたが、一緒にいます。意識を集中すれば心と心で意思の疎通が取れます。

 私自身は地上生活を送る身です。バランスを取れば家内と力を合わせて何事かを成し遂げて行く可能性を持っています。

 人は皆霊人体と肉身を二つながら持っているのです。そのバランスを取って生きれば最高に力を発揮できます。
posted by ハッピーいちろ at 23:46| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月10日

「感覚」


 礼拝の聖歌隊の「栄光の王冠」で泣きました。

 この歌は家内が地上生活の時に好きでした。

 出だしの伴奏で「感覚」が来ました。
 
 私なのか家内なのか面白い感覚です。感覚が倍になったようでもあります。

 私の肉身を家内も使っているのは間違いないと感じます。心は溶け合うようで心地良いです。

 今日も愛しの妻と一緒に礼拝に参加しました。大好きです。

posted by ハッピーいちろ at 20:23| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月09日

愛しの妻の祈り

 「○○夫人(私の家内のこと)の祈祷が好きでした。」と言って下さる年配の婦人もいます。

 夫の私も家内の祈りが好きです。家内の祈りの言葉は整理されていて分かりやすいです。

 今はいつも楽しそうにニコニコして役割をこなしています。

 それでも私が願えばいつでも会話してくれます。

 霊界は時空を超越しているので便利です。

 家内は「自分で願って来た訳ではないが、(霊界に)来てみたらご褒美のように感じる。」と伝えてくれました。

 深呼吸をして平常心で家内の愛の眼差しをいつも感じて前進します。

 家内が大好きです。
posted by ハッピーいちろ at 10:06| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月08日

朝のひととき

 今朝の通勤の運転時も愛しの妻は私の左横で微笑んで座っていてくれました。物理的な席は家内には必ずしも必要ありません

 家内に見守られて、安全運転で清々しく一日の勤務をスタートできます。

 今日は後部座席の父が時々話し掛けるので、家内との心の会話に深くは入れませんでしたが、家内は終始にこやかに父の話も聞いています。

 何と素敵な朝でしょう。愛しの妻にまた惚れ惚れです。大好きです。
posted by ハッピーいちろ at 08:41| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月07日

「(全部)許して上げて。」

 この言葉は(声でなく心に)家内が語り掛けてくれて心が癒やされる言葉の一つです。

 妻が他界(聖和)した夫の心の中はある意味傷だらけです。傷も塞がらずに血がどくどく流れて止まらない状態です。

 時間が過ぎるに従って人との心と心の交流が少なくなり、孤独感は強くなって来ます。

 何気なく語られた友の言葉やメールの文言さえもがぐさりと心に刺さることもあります。

 そんな時すかさず、家内の「許して上げて」の言葉が心に響きます。何度も助けられました。涙が出る程嬉しい言葉です。

 家内は私の良心に協力して、私を守ってくれます。

 愛しの妻が大好きです。 
posted by ハッピーいちろ at 09:58| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月06日

「幸せにしているかな。」

 家内は好奇心旺盛でいろいろな所に見に行っているようです。

 家内はにこにこしながら「どうしてるかな。」と見に行くのです。

 実はリハビリテーション病院に入院している時がそうだったのです。

 自分は右半身不随と失語症という状態なのに、にこにこして他の病室を車椅子を自分の足で漕いで覗きに行くのです。

 その時の写真を撮っていないのが本当に残念ですが、私はその姿に感動しました。何と偉い人だろうと心から尊敬しました。

 この投稿を読んで下さってる「あなた」の所にも「幸せにしてるかな。」とお伺いするかもしれませんよ。

 今日も益々家内が好きになります。
posted by ハッピーいちろ at 08:59| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月05日

見えないものを見えるように、聞こえないものを聞こえるように

 妻が他界(聖和)した夫は痛切です。

 ラジオやテレビや通信機器や携帯電話の電波が見えない、聞こえないからと言って、その存在を否定する人はもはや文化文明国家にはいません。

 機器を使えば映像が見え、声や音が聞こえ、双方向機種であれば会話もできることを体験しているからです。

 他界(聖和)した妻との交信を可能にする為に残された夫は懸命になります。

 人間は元々それを可能にする機能が備わった存在です。人間には霊人体があるからです。

 霊的感性は使う度合いが比較的少なかっただけで、人間に元々備わっている機能です。
posted by ハッピーいちろ at 08:18| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月04日

鳥を夢みて

 
 家内は地上生活の時によく空を飛んでいる夢を見たようです。

 朝起きた時に「今日も空を飛んでいる夢を見たわ。」とよく話してくれたのを思い出します。

 家内の「お気に入り」の印が付いた曲にRichard Clayderman の邦題が「鳥を夢みて」と言う曲があります。

 フランス語の原題Murmuresがどういう意味か分かりませんが、曲想に邦題はマッチしているように感じます。

 家内は時々空を白い服を着てスーパーマン(スーパーウーマン)のように飛んでいるイメージを私に見せてくれます。

 好奇心旺盛な家内は色々な所に自由に飛んで行っているのだろうなと思って私も楽しくなります。

 今日も家内が益々好きになります。
posted by ハッピーいちろ at 09:03| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月03日

家内との「会話」

 家内は地上での生を突然断ち切られたように見えます。家内は二回目の脳梗塞で意識を失ったまま地上の生を終えました。

 その後の家内との心と心の会話を通して、家内にとっては決して悪いことが起こったのではないのかもしれない私は感じるようになりました。

 自分の意志でもなく、痛みや苦しみなく地上から霊界に移れた幸運な人かもしれないと思うようになりました。

 しかも他界(聖和)後の家内は霊界での生活は地上では想像もできない程素晴らしいと言うのです。

 統一教人として、家内も私も霊界があることを確信し納得していました。そして地上生活の終了、つまり死は霊界への旅立ち、第二の誕生であると学んできました。

 家内は一度目の脳梗塞の後、右半身麻痺と失語症の状態になりました。失語症とは言葉を話すことも字を書くこともできません。筆談ができる人は失語症ではないのです。

 幸い家内の場合は言葉を聞いて理解する脳の言語野の一部は無事だったようです。それは家内の表情や仕草などの反応で私達家族には自明のことでした。

 しかし医療分野では言葉で意志を表明できないということが重大で、医師からは「そういう患者には癌や肉腫(悪性腫瘍)の治療(放射線治療や抗がん剤治療)はできません。」と言い渡されました。

 家内は可哀想な立場に立っていました。そして家内の表情や仕草を思い出しますと地上での生を終えなければならない時が来るのを家内は覚悟していたのではないかと思います。

 他界(聖和)後家内は「可哀想に見えれば見える程、感謝すれば大きな力になる。」と心と心の会話で私に伝えてくれました。

 他界(聖和)後の家内は行きたいと思ったところに自由に行き、私達地上の家族のことも隅々までよく分かり、必要なことは的確に手を打ち、地上の私達には分からない、やり甲斐のある働きをしていると伝えてくれます。

 家内との心と心の会話に対する私の「会話力」がまだ未熟な為、家内が私に伝えたいことの極一部しかキャッチできていないことは言うまでもありません。その私の「会話力」は遅々としてではありますが、少しずつではあっても進歩しているという手応えがあります。

 家内は他界(聖和)後、私に「あなたは良く私の伝えることが分かったわね。」と褒めてくれました。肉眼では見えなくなった家内(の意志)を私は夫として必死に、懸命に探したのです。

 他界(聖和)した人の立場に立って地上の自分がどのように見え、地上の自分に何を伝えたいだろうかと思いを致せば、それが呼び水になって他界(聖和)した人とのホットラインが開くのだと実感します。
posted by ハッピーいちろ at 09:08| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月02日

家内の温もりと愛情

 家内とは私が地上生活を終える将来やっと会えるのではなく、今日も一緒に生きられるのです。

 家内は微笑んで私の肉身を私と一緒に使い、生きて働いています。

 私はごく普通の人間ですが、家内の温もりと家内の愛情を感じて日々生きています。
posted by ハッピーいちろ at 11:17| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月01日

愛の涙

 昨日の朝は月末で集金の為に勤務先から自宅付近に向かいました。

 半年近く家内への面会で通った道を敢えて通りました。しかも家内が好きだった音楽をカーステレオで流しながら。

 「そんなことをしたら大変なことになるのは当然だろう。」と長男は言います。

 家内が入院していた病院が近付き、更に運転が優しくなり、この街が私にとって特別な所だと感じられます。

 昨日は特に激しく涙が出て止まりませんでした。通る道すがらの街路樹はもちろんのこととして、変わらずにある看板までもが懐かしくて涙がこみ上げます。

 見ず知らずの通り掛かりの人も懐かしさをもってしか見ることができません。

 家内が息を引き取った病院の横を通り、家内がリハビリに励んだ病院の前を通り、更に面会からの帰宅の道を途中まで行きました。

 この道は私にとっては涙なくしては通れないゴールデン・ロードです。

 この涙は悲しみよりも感動の方に傾いた愛の涙です。この道を愛の涙を流して走れるのは私の特権だと感じました。

 入院していた愛しの妻に会いたくて毎日通った道ですから。
posted by ハッピーいちろ at 08:14| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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